wantの分かれ道
先週末、クリマ無事終了しました☆
(折角なので、出した作品をちょこちょこUPします)
遠いところ、足を運んでくれた皆さま、
美味しい差し入れをくださった皆さま、
初めて言葉を交わしてくれた皆さま、
そして、一緒にアイディア出し合って参加してくれたほたる&すとらに
たくさんのありがとう![]()
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おかげさまで、準備も当日も楽しい時間が過ごせました。
今回も、これまでのパターンに忠実に、
直前でだーっと制作する日々でしたが
(きっと多くの人もそうであろう)
描いていて、やっぱり描くことは楽しくて
子どもの頃からやってきた分が、
きっちりと身体と思考に染み渡っているなぁと思いました。
他の人の作品を見て、「自分には描けない!羨ましい!」と思ったり、
だからこそ描いてみたいと思ったり、
また一方で、自分には自分の色もあるんだなと愛しく思ったり。
そんな沢山のことを感じることができました。
でも何より愛しいのは、
「表現すること=やりたいことに素直で、忠実であること」
そんな人達の集まった空間にいられたことです。
誰が一番だ、とか勝った負けたじゃなくて、
それぞれにいいねということ。
そういう人の傍には、何とも言えない、明るい陽だまりのような空気が
流れている。
それが味わえたことが、とっても良かったです。
ありがとう。
「したい」ということは、貴重だと思う。
それが未来への、そして今への活力になる。
未来を模索するなかで、それをひしひしと感じるようになった。
けれど同時に、「単なる自分のエゴでは?」という
壁にもぶち当たる。
その度に、修正し、けれどまた立ち戻り…
あっちへ行きこっちへ行き、
理屈で突き詰める度にwantが減ってゆく。
あれほど憧れていたwantが、現実になった途端に
違う側面を見せ、「違うのか?」という疑いをもたらして消えていく。
その度に経験したこともない哀しみにうちひしがれた。
「したいことをする」その言葉は美しい。
けれど同時に、そう言う自分がどんどん狭くなっていくような気がした。
うまくいかなくてへこみ、ちょっと弱音をこぼしたくなる。
けれどその度頭をよぎるのは
「でも、したいこと、なんでしょ?」ということ。
うーん、確かにそうなんだけど、さぁ…
と思う度に、呑み込めるような、そうでないような
何とも居心地の悪い気分を味わった。
そして、あれこれ悩んださなか、
「そっか、wantにもいろいろあるんだ」と思った。
「今できる、したいこと」と
「今できない、したいこと」と。
それは「したい」という同じ三文字でくくられていても、
その間に大きな開きがある。
「今できる、したいこと」は結構シンプルだ。
もう身に馴染んでいて、やれば充実感もあるし、
とても気楽にやれるから、分かりやすく楽しい。
これまでの積み重ねもあるから、取り組みやすいし、
レベルも上がると、これまた嬉しい。
一方で「今できない、したいこと」は奥が深い。
何と言っても経験のない、未知なるものだからだ。
やるなかで、新たな発見や自分の変化もあるだろうし、
「したいのに、できない!」という今に打ちのめされる。
困難がいっぱいだ。自分の未熟さにへこへこになる。
でも、その先にある風景は、とても美しいと、思う。
そしてまた、「できる」ところに至ったときも素晴らしいが、
そこに向けて真摯に努力を重ねている人は、それだけで美しい。
それだけで、周りの人にも大きなものをもたらす。
だから「したい」は奥が深い。
それがわかったから、
「でも、したいこと、なんでしょ?」
たったその一言で挑み続ける人を追いつめないようにしたい。
そう思う。
そして自分も、今はできないけどその先へと、
アプローチし続けたいと思う。
あなたの心に深く根ざす「したい」ことは、何ですか?
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